嫉妬
「ごめん。明日は先約…新妻くんと打ち合わせなんだ」
携帯越しに雄二郎がそう、謝った。
はぁ?
そりゃまぁ確かに、初の連載を始めたばかりの、そしてそれがいつまでもつか未知数の作家よりは、既に人気を確立した、自分のドル箱とでも言える奴の方が大事だろうけども。
「…雄二郎さん、言いましたよね?『ネーム早く見せろ』って」
「そりゃ、言ったさ。でも、前のが遅かったからであって、まさか本当にこんなに早く…」
「まさか」?
馬鹿正直に真に受けて、睡眠時間削ってネーム作った俺の努力を「まさか」の一言で片付ける訳?
「悪いけど、FAXで送ってくれ。安岡くんにやらせればいいだろう?」
「…安岡は、ペン入れに入ってからっしょ?」
「あぁ、そうだっけか。休みか」
それ位、把握しとけよ、馬鹿!
「じゃあ明後日。明後日なら空いてるから」
…打ち合わせが遅くなれば、それだけネームのOKがでるのが遅くなり、結果締め切りまでに地獄を見るのは…俺と安岡だ。
「…FAXします」
「いや、すまない。ありがとう、福田くん。すぐ、目を通すから」
当たり前だ!という言葉を飲み込んで俺は、携帯を切った。
「…雄二郎め」
悪態をつきながら俺は、FAXを流す。いつか…いや、「いつか」なんてのはまどろっこしい。絶対、この連載のうちで、雄二郎に俺を、尊重させてやる。それこそ新妻師匠並みに。
(「面白いよ、君。絶対、才能ある。絵は下手だけど」…)
雄二郎が俺の担当になった最初の頃、口にした言葉を思い出す。最後の一言は(事実とはいえ)余計だったけれど…
あの言葉が、俺に上京を…漫画家で生きて行くってのを、決心させた。結構長いこと…そしてもしかすると今でも…
俺の、支えなのかもしれない。
(…何を考えてるんだ?俺は)
我に返って俺は、送り終わったネームの束を手にして、机に戻った。雄二郎の言葉が嘘でなければ、奴は届いたFAXをすぐに見て、そのうち俺の携帯に、下書きに入る可否を知らせる電話をかけてくるはずだ。
(…ちゃんと、見てんだろうな?)
早くOKが欲しいし、実際いい出来のはずだ。俺的には直しなんてあり得ない。しかしあまりにあっけなく許可が出れば、奴のことだ。もしかするとちゃんと見てないって可能性もある。
「…ちゃんと、見ろよな」
ネームも、俺自身も。
…また、自分が馬鹿げた考えに囚われてることに気付いて俺は、呪わしく思った。あの馬鹿アフロを。そして何より、自分自身を。