embarrassed
遅くまで編集部に残って仕事してたら、
「雄二郎」
瓶子さんに声をかけられ、振り返った。
(やばい…なんか、しくじったっけ?)
一瞬そう思ったけれど、
「ほら、これやるよ」
彼が差し出したのは、TVでCMが流れてる洋画の券2枚。
「…何ですか?これ」
「嫁と行くつもりで前売り買ってたんだが、試写が当たってこの前、2人で見てきたんだ」
「何で僕に?」
「金券屋に買い取って貰ってもいいが…どうせ、買い叩かれる。それなら誰か、暇そうな奴にでもやろうかなって」
「…心外だなぁ」
口調から、瓶子さんが本気で言ってる訳じゃないって分かってはいたけれど一応そう、返した。
「お、暇じゃないってか?じゃあ、誰か…キムにでもやろうか?」
「あ、暇です、暇です!…でも、タダじゃ悪いから払いますよ」
「殊勝な心がけだが…ま、若いモンは遠慮なんかするな。貰っとけ」
「…ありがとうございます」
頭を下げて受け取ると、
「最近噂の、例の彼女と行ってこい」
「……」
この前、ジャンプ編集部内・独身野郎共有志主催の合コンに、声をかけられたのに断ったら、「雄二郎は彼女が出来たらしい」「俺達を裏切りやがった」「一体、相手はどんな物好きだ?」etcの声が上がって…(「物好き」は、余計なお世話だ)
(「彼女」ではないし、此処に乗り込んできたこともある…皆が知ってる人間だけど…)
とにかく、「決まった人」がいる以上、合コンに行く訳にはいかないだろう?後で何処からかバレたら、締め殺されるかもしれない。男なだけに、力は強いし…怒ったら洒落にならない。
(でも…)
はたして怒る位、彼は僕に執着してくれてるんだろうか?ふと、不安になった。彼は何より、自分の漫画道を大事にしている。一応、付き合ってはいる…ちゃんとキスも、それ以上のことも、しているけれど。電話をするのも、次の約束を求めるのも、基本僕からだし…。
(…この映画も…)
「忙しいから」と、断られるかもしれない。でも…映画や読書は、創作の「血肉」になる。恋人としてのデート云々以前に担当編集者として、受け持ってる漫画家のポテンシャルUPになりそうなことなら…勧めるべきだろう。そう思って僕は、福田くんの携帯に電話した。
「…何?雄二郎さん」
「福田くん…映画、見に行かないか?」
「…俺、忙しいから」
…予想通りだ。
「それは分かってる。でも…忙しい×2って、机にばっかり向かってたら煮詰まってしまうよ。見聞を、広めなきゃ」
「…何の映画?」
僕が作品名を告げると、
「雄二郎さん」
「…?」
「何で、俺が見たい映画知ってる訳?」
僕は、心がパァッと明るくなるのを感じながら、慌てて編集部を出て、人に聞かれない場所に移動した。
「それは…勿論、以心伝心ってやつだよ。繋がってるんだ、君と僕の心は」
「…雄二郎さん、酔っ払ってる?」
呆れたふうの声が、携帯から聞こえてきた。
「いや、素面だよ」
君の恋人は、素面でこういう事が言える男なんだ。慣れて貰うしかない。
それから僕達は、見に行く日時を決めた。
「じゃあ、福田くん。あさってアルタ前に6時で」
「ああ」
そして僕は、今気付いたことを口にした。
「外でデートは、初めてだね。…楽しみだ」
「……」
また呆れているのか、それとも照れているのか。それは分からないけれど。
「…おやすみ」
「まだ寝れねーよ。ネームが…」
「頑張って。…でも、あんまり根は、つめ過ぎないように」
「どっちなんだよ…」
苦笑してるらしい。
「しょうがないだろ?僕は…『編集』で、『恋人』なんだから」
いい作品創りに励んで欲しいと同時に、身体は大事にして欲しい。
「分かったよ。それなりに…頑張る。もう切るけど、雄二郎さん」
「何?」
「……俺も、楽しみだ」
言うなり、いきなり電話は切れた。