自惚れ
「…なぁ、福田くん」
「何スか?」
ファミレスで打ち合わせ中…僕が、今目を通してるネームに文句つけるとでも思ったらしく、彼は眉間に険しいシワを寄せた。でも、僕が心奪われてるのはこの、ネームの内容ではなくて…。
「…順序が逆で、申し訳ないんだけど…『付き合って欲しい』…好き、なんだ」
「…っ!」
前からなんとなく、お互いの間に「脈」は感じてた…そんな中、つい先日風邪をひいて高熱を出した福田くんを、「君のご家族は広島だし」などと言いながら看病してたら…病人に対してあるまじき「欲望」を僕は、抱いてしまって…。
「ば…馬鹿か?あんた。ここ、何処だと…」
そう言って福田くんは声を荒げたけれど、ちゃんと周囲に聞かれないか位、僕も気を配ってる。時間帯のせいか、はたまた近くに別のチェーンが新しい店を開いたせいか。店内は閑散としていた。
「はっきりさせたいんだ。このままじゃあ…仕事が手に、つかない」
キスをして、抵抗されるかと思ったんだけれど、彼はおとなしく、されるがまま。僕は、熱で火照ってる身体の感触を思う存分、楽しんで…途中で我に、返った。「ごめん!」と叫んで、乱れに乱れまくっていた病人の着衣と布団を慌てて直して、その後部屋を飛び出したのだ。
「その…君が抵抗しなかったのは…病気のせいで、『出来なかった』だけかもしれない訳だし、あれから君が、あの事に触れない…何も言わないのは、僕に担当をおりられたら困ると、思ってるのかと…。それで…そういう、『立場上』ってのをもし、君が気にしてるなら…」
自分でも、何を言ってるんだかよく、分からなくなってきた。気がついたら、福田くんはいつもの、クールで憎たらしい位までの表情に戻っていた。…きれいな顔だ。
「雄二郎さん」
「…ハイ」
なんだか、気圧されてしまう。8つも年下の子なのに。
「自惚れんな」
冷たくそう、言い放たれて。心が粉々に砕けそうな気分になった。
「別に、あんたでなくても…どんな編集と組もうとも俺は、のし上がっていくさ」
情けないけれど、涙が浮かんできて僕は、目の前の福田くんの顔が滲んで見えてきた。顔を伏せ、手で涙を拭った次の瞬間…
「でも…『編集』じゃない部分でなら…自惚れて、構わない」
はぁ?
僕は福田くんの言葉の意味がとれず、顔をあげてまじまじと彼を見詰めた。
「…分かんない?」
そう訊かれたので肯きで答えると、
「…本当、あんた馬鹿だ…。俺が…好きでもない奴に襲われて、おとなしくしてると思うのか?殺すぞ、フツー」
それって…
「福田くん」
彼が目線で「何?」と聞き返してきたので、
「…君の、部屋に行きたい」
「…いきなり、だな」
口角を上げながら、独り言めいた呟きを漏らすと彼は、いきなり立ち上がって、
「支払い、よろしく」
レシートをつまんで僕の目の前に置き、席を立った。
「おい!福田くん、返事は?」
問いかけると、
「先に帰るだけっスよ。…シャワー、浴びるんで」
そう言って艶然と笑った。その顔を見ただけで僕は…
ファミレスから彼の部屋まで、前かがみで歩く羽目に陥った。